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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6534号 判決

原告 弓野栄次

右訴訟代理人弁護士 千葉保男

同 上野伊知郎

同訴訟復代理人弁護士 鈴木三郎

被告 哲郎こと

徳永鐵郎

右訴訟代理人弁護士 郡司宏

主文

一  被告は原告に対し金一二二五万八〇三八円及びこれに対する昭和四九年八月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は前記第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

《省略》

理由

一  昭和四九年四月四日頃当時訴外会社の財務部長であった原告を介し同社は銀行方面に顔の広い被告に対し同社の新規銀行取引の開設と手形割引(但し、割引先を銀行に限るか否かについては争がある)を委任し、同月五日その費用として額面金一五〇万円の同社振出の小切手を被告に交付すると共に別紙手形目録(一)記載の各手形を手交し、さらに同月八日同目録(二)記載の各手形(以上の各手形額面合計は金八三二四万八八七五円)を手交したこと、被告はこれに対し割引金名下に同月九日金一七〇〇万円、同月一〇日金四〇〇万円、同月一五日金三〇〇〇万円、合計金五一〇〇万円を訴外会社に引渡し、別紙手形目録(一)のうち一三、一五、二三、二四、二五の各手形、同目録(二)のうち一、三、五の各手形(額面合計金一七三二万五七〇八円)を割引不能として訴外会社に返還したこと及び昭和五二年二月一日到達の書面をもって訴外会社は被告に対し、受取金債権を原告に譲渡する旨の債権譲渡の通知をなしたことは当事者間に争がない。

二  そこで前記手形割引をめぐるいきさつから検討する。

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

(1)  原告は昭和四九年四月一日従前つとめていた相場製鋼を辞めて訴外会社の財務部長として入社したが、当然、同社は不況期にもかかわらず取引規模が飛躍的に増大し発展が見込まれていたところ、取引銀行としては第一勧銀一行のみで常務取締役の常見修二が殆ど全般をみているような状態であり、入社早々で会社事情にくらい原告の目からすれば次々に到来する手形決済のための融資枠が取引銀行一行のみでは如何にも心細く感じられた。それで原告は常見から新規に銀行取引開設の許可を得て早急に新規の銀行取引を開設するため、相場製鋼時代に中小企業金融公庫からの融資斡旋をしてくれた被告を思い出し、同人に連絡して逢い新規の銀行口座開設と手形割引とを依頼した。原告としては訴外会社の経営発展の状況からみて新規の銀行取引を拒まれるようなことはないと考えていたが、そのためには時間がかかるので銀行方面に顔の広い被告に依頼して早急に銀行取引開設を実現し、新入財務部長としての手腕を誇示したい気持ちもあった。

(2)  同月三日頃原告と逢った被告は原告の申出に応じ群馬銀行となら今にも銀行取引ができるような話をして原告を安心させ、そのための費用として金一五〇万円を要求した。原告は勝手に訴外会社の代表者印等を使用して同社振出の額面金一五〇万円の先日付小切手一通を振出して被告に交付すると共に銀行割引を前提として冒頭記載のように二回にわたる手形の交付をなし、これに対して合計金五一〇〇万円の割引金を受領した。その間同月九日には原告は訴外会社の代表者印を冒用して銀行融資及当座開設の件と商業手形割引の件(一億円)を委任事項とする委任状(乙一)を被告に交付した。

(3)  同月中旬訴外会社の常見修二は街の金融業者から訴外会社の手形が高利貸に廻っていることを知らされて驚き、調査したところ入社早々の原告の前記所為が判明したので原告を問責して被告に渡した手形の回収を指示すると共に自らも被告に逢って手形の返還を求めた。常見と会見した被告は預り手形は銀行で割引したもので街の金融業者に廻したことはないと言明し、割引不能手形の一部を返還した。交付した総手形額面金額と被告が割引金として渡した金額、返還した手形額面金額の差額すなわち割引料が銀行の割引率からすれば高過ぎるので最終的には自己の責任として負担しなければならなくなる原告は多忙を理由に面会を避ける被告を追い廻して面会し、計算書の提示を求めたが、被告は仲々計算書を出さず、最終的には前記差額は割引料その他の諸費用であって返還すべき分は存在しないと云い出した。

(4)  発覚までの間に原告は被告から金六五万円を借受けたり、割引金として受領した金員の中から金三〇〇万円を一時自己の費用に用立てたりしていたので最終的には訴外会社に対して金二〇〇〇万円位の債務の存在を認めて所有不動産に抵当権を設定して解決すると共に訴外会社が被告に対して有する受取金返還請求権の債権譲渡をうけ、冒頭記載のとおり訴外会社は被告に対し債権譲渡の通知をなした。

以上の事実からすれば、前後の事情からみて訴外会社の被告に対する委任事項のうち手形割引の件は銀行取引を前提として銀行による手形割引を委任したものであったと解するのが相当である。そうなると被告は割引した手形について銀行における手形割引率による割引料を控除した残額を訴外会社に引渡すべき義務があるが、訴外会社が原告との間で本件の結着をつけると同時に右債権を原告に譲渡したことは前認定のとおりであり、その旨の債権譲渡通知が訴外会社より被告に対してなされたことは冒頭記載のとおり当事者間に争がないから、被告は原告に対し前示債権を支払うべき義務がある。

三  それで原告の請求する債権額について検討する。

冒頭記載の争のない事実によれば手形額面合計金八三二四万八八七五円にのぼる手形が二回(別紙手形目録(一)の手形二五通は昭和四九年四月五日、同目録(二)の手形一一通は同月八日)にわたって被告に交付され、被告は手形目録(一)のうち一三、一五、二三、二四、二五の各手形、同目録(二)のうち一、三、五の各手形を返却しているので返却手形額面合計金一七三二万五七〇八円を差引くと額面合計金六五九二万三一六七円の手形分が割引かれたことになる。

ところで成立に争のない甲第二号証によると昭和四九年度の銀行割引率は年一〇パーセントを越えないことが明らかであるから、年一五パーセントの割引率を援用している原告の計算は内輪のもので被告に有利なことは明らかであり、是認できるが、割引料の計算(別紙計算書の割引料欄下段の数字)は被告による割引日が各手形について明らかでないから、そのまま採用できず、結局、当事者間に争のない二回にわたる手形交付の日を割引日として考え、満期日までの割引料を計算する以外にない。そうすると割引各手形についての割引料総額は金二六六万五一二九円となるから(別紙計算書割引料欄上段の数字)、割引手形額面合計金六五九二万三一六七円から、まず、右割引料を差引くと残額は金六三二五万八〇三八円となるところ、訴外会社に割引金五一〇〇万円が入金済みであることは当事者間に争がないから、次に、これを控除すると、結局、残額は金一二二五万八〇三八円となること計数上明らかである。

四  よって原告の本訴請求は右の一二二五万八〇三八円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年八月一五日(このことは記録上明らかである)から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

〈以下省略〉

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